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奈良地方裁判所 平成7年(ワ)270号 判決 1998年3月20日

A事件原告(反訴被告)兼B事件原告(以下「原告」という)

岡村次郎

右訴訟代理人弁護士

三住忍

A事件被告(反訴原告)(以下「被告」という)

財団法人社会保険健康事業財団

右代表者理事長

正木馨

右訴訟代理人弁護士

河本毅

B事件被告(以下「被告」という)

岡村治

右訴訟代理人弁護士

福居和廣

主文

一  被告財団法人社会保険健康事業財団は原告に対し、五万八三二八円及びこれに対する平成七年五月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告財団法人社会保険健康事業財団の原告に対する雇用契約上の義務が右金員の支払義務のほかには存在しないことを確認する。

三  原告の被告財団法人社会保険健康事業財団に対するその余のA事件請求及び同被告の原告に対するその余のA反訴事件請求をいずれも棄却する。

四  原告の被告岡村治に対するB事件請求を棄却する。

五  訴訟費用はA事件、A反訴事件及びB事件を通じて原告の負担とする。

六  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  A事件

被告財団法人社会保険健康事業財団は原告に対し、二〇万四一四六円及びこれに対する平成七年五月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  A反訴事件

被告財団法人社会保険健康事業財団の原告に対する雇用契約上の義務が存在しないことを確認する。

三  B事件

被告岡村治は原告に対し、一〇〇万円を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告財団法人社会保険健康事業財団(以下「被告財団」という)の生駒社会保険健康センター(以下「センター」という)に勤務していた原告が、平成七年四月八日付けで正当な理由なく懲戒解雇されたとして、被告財団に対し、同年四月分の給与二〇万四一四六円及びこれに対する弁済期後で訴状送達日の翌日である同年五月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるA事件と、これに対する反訴として被告財団の原告に対する雇用契約上の義務が存しないことの確認を求めるA反訴事件、さらには原告がセンター長である被告岡村治(以下「被告岡村」という)に対し、不法行為に基づく損害賠償として慰藉料一〇〇万円の支払を求めるB事件とが併合審理された事案である。

一  争いのない事実等(証拠の摘示のない項は当事者間に争いがない)

1  被告財団は平成五年一月一日、奈良県生駒市(以下略)にセンターを開設し、同月一八日から開館してスイミング、トレーニングジムその他各種の文化講座等を開いている。

センターの建物は三階建てで、一階にはエントランスホール、事務室、応接室、プール等が、二階には教養室、和室等が、三階には多目的ホール、トレーニングジム、シャワー室を備えた男女各更衣室等が配置されている。

2  被告岡村は、平成四年一〇月一日付けで被告財団に採用され、同日付けでセンター開設前のセンター準備室長となり、センター開設日の平成五年一月一日付けでセンター長となって、現在に至っている。

3  原告は、センター開設前の平成四年一一月一日付けでセンター準備室臨時職員として給与日額六二〇〇円、同年一二月三一日まで日々任用を更新する旨の約定で被告財団奈良県支部に採用され、同年一二月一日付けで同準備室事務職二級(四号俸)に採用された。そして、平成五年一月一日付けでセンターの業務部職員に、同年五月一日付けで保健職二級(三号俸)にそれぞれ配置換えされ、センター開館後は運動指導員としてトレーニングジム利用者の運動指導業務を担当してきた。原告はその後、平成六年一月一日付けで保健職二級(四号俸)に、平成七年一月一日付けで保健職二級(五号俸)にそれぞれ昇給している。

なお、原告が臨時職員として採用された当時、センターには被告岡村のほか、センター準備室長補佐の林貞夫(平成五年一月一日付けで業務部長、以下「林部長」という)、臨時職員の大谷和子(平成四年一二月一日付けで正職員、平成五年一月一日付けで運営部職員、以下「大谷」という)及び北畑寿子(以下「北畑」という)が在籍しており、平成五年一一月一日時点では、右のほかに運動指導員の前川憲子、運動指導補助員の俵元啓子及び事務補助者の籠谷喜多吉也が加わっていたが、いずれにしてもセンターは少人数の職場であった。(書証略)

4  平成六年一月二〇日、奈良県一般労働組合(以下「組合」という)からセンターに対し、原告が同月一六日付けで組合に加入した旨の通知書が送付された。

5  同年二月九日、組合からセンターに対し、次の八項目の「交渉事項」を記載し、同月一八日午後一時からの団体交渉の実施及び同月一六日までの文書回答を求める旨の「団体交渉申入書」が送付された。

(一) 就業規則及び服務規定を公開すること

(二) 一九九四年二月支払賃金より七万二〇〇〇円の賃金を引き上げられたい。また、一九九四年二月支払賃金よりトレーニング手当として月額三万円を支給されたい。

(三) 一二月二日、三日の両日、業務に原告の自家用車を使用したことの弁済を行われたい。

(四) 時間外労働手当について少なくとも労働基準法に基づいて遡及して支給すること。

(五) センターの運営及び施設の改善について協議されたい。

(六) 業務に必要な資格取得について積極的に受講機会を設けられたい。

(七) 労使間の基本的な取り決めを行われたい。

(1) 事前協議事項について

(2) 組合専用ロッカーの設置について

(3) 団体交渉のルールについて

(八) その他

6  同年二月一八日、センターは組合に対し、前記交渉事項に対する回答として次のとおり記載するとともに、同月二三日の団体交渉に応ずる旨を記載した「団体交渉申入書について(回答)」を書留郵便で送付した。

(一) 原告には採用時に規則及び規定内容の主要部分をセンター長から説明し、細部について常時閲覧できる書類ロッカーに保管している。

(二) 職員給与規程により給与を支給しており、要求内容には応じられない。原告には、運動指導員として保健職俸給表により給与を支給している。

(三) 一昨年一二月の奈良市内への出張については、すでに旅費支給規程により、平成五年一月五日に支払済みである。

(四) 時間外勤務を命令した時間については、その手当を支給している。

(五) センターは開設後一年であり、施設については現在のところ改善の予定はないが、今後改善の必要な場合は努力していきたい。

(六) センターの運営上必要で、業務に支障のない範囲において考慮する。

7  平成六年二月二三日午前一〇時から午前一一時一五分までの間、センター事務室において、センター側は被告岡村及び林部長、組合側は松村和夫書記長(以下「松村書記長」という)及び原告がそれぞれ出席して団体交渉が行われ、以下のやり取りがなされた。そして、次回交渉日を同年三月四日午前一〇時からとし、賃金引き上げ、トレーニング手当、出張手当、時間外手当について組合から再交渉の申入れがあったので、センターはこれを応諾した。

(組合)就業規則及び服務規定を公開されたい。

(センター)原告には採用時に、規則及び規定内容の主要部分をセンター長から説明し、細部については常時閲覧できる書類ロッカーに保管している。

(組合)就業規則を組合に提出されたい。

(センター)組合に提出できない。しかし、原告本人から要求があればコピーで渡す。

(組合)原告本人より要求するから、コピーして近い日に下さい。

(センター)今週中(二月二六日)に就業規則をコピーして渡す。

(組合)九四年二月支払賃金より七万二〇〇〇円の賃金を引き上げられたい。また、九四年二月支払賃金よりトレーニング手当として月額三万円を支給されたい。

(センター)職員給与規程により給与を支給しており、要求内容には応じられない。原告には運動指導員として保健職俸給表により給与を支給している。

(組合)要求に応じられないならば、職員給与規程を組合に提出されたい。

(センター)組合には職員給与規程を提出できない。しかし、原告本人から要求があればコピーして渡す。

(組合)原告本人より要求あり

(センター)今週中(二月二六日)にコピーして原告本人に渡す。

(組合)一二月二日、三日の両日、業務に自家用車を使用したことの弁済を行われたい。

(センター)一昨年一二月の奈良市内への出張については、すでに旅費支給規程により平成五年一月五日に支払済みである。平成四年一二月二日の出張は支払済みである。

(組合)平成四年一二月三日の生駒市内の近隣自治会役員への連絡出張について費用弁済すること(センター)調査するにも、出張記録がないので明確でないが、原告が主張して弁済を求めるならば、センター長個人として弁済に応じてもよい。センター開設準備室当時で極めて多忙なため、明確な記録がない。

(組合)時間外労働手当について少なくとも労働基準法に基づいて遡及して支給すること

(センター)時間外勤務を命令した時間については、その手当を支給している。

(組合)原告の要求時間数と支払時間数に大きな差があり、次回交渉日までに、平成四年一一月以降の月別支払時間数を回答してほしい。

(センター)回答する。

(組合)センターの運営及び施設の改善について協議されたい。

(センター)当センターは開設後一年であり、施設については現在のところ改善の予定はないが、今後改善の必要な場合は努力していきたい。文書回答どおり今後努力する。特に組合と協議する必要はないと考える。

(組合)業務に必要な資格取得については、積極的に受講機会を設けられたい。

(センター)センター運営上必要で、業務に支障のない範囲において考慮する。

(組合)すべての受講機会ではないが、費用の負担も含め考えられたい。

8  平成六年三月四日午前一〇時から午前一二時までの間、センター事務室において、センター側は被告岡村及び林部長、組合側は松村書記長及び原告が出席して団体交渉が行われ、以下のやり取りがなされた。そして、次回交渉日を同月一八日午前一〇時からとし、賃金引き上げ、トレーニング手当、時間外手当について組合から再交渉の申入れがあったので、センターはこれを応諾した。

(組合)賃金引き上げ、トレーニング手当について、センター長がこの要求について交渉権限がなければ、交渉できる者が出席されたい。

(センター)要求事項については被告財団本部に伝える。また、交渉権限のある方の出席要請については、組合より要望のあったことを伝える。

(組合)次回交渉日までに返事してほしい。

(組合)出張手当に関し、平成四年一二月三日の旅費についてはどうか。

(センター)出張内容を調査したが、正確な記録がない。

(組合)どうするのだ。

(センター)原告が費用弁済を求めるので、センター長個人で一万円を差し出す。

(組合)その一万円はどういう意味か。

(センター)弁済を求めたので、個人的に支払った。

(組合)組合としては求めないが、……脅迫をしているのではない。

(センター)センター長個人の気持ちが治まらず、五〇〇〇円支払う。

(組合)一一月の超過勤務時間はどうなっているのか。また、日別時間数を確認したい。原告本人記録時間数と支払時間数に大差がある。

(センター)組合員要求時間の内容が明確でない。

(組合)次回交渉日までに組合で原告に確認させてほしい。

(センター)了承した。

9  平成六年三月一八日午前一〇時から午前一一時一〇分までの間、センター事務室において、センター側は被告岡村及び林部長、組合側は松村書記長及び原告が出席して団体交渉が行われ、以下のやり取りがなされた。

(組合)賃上げ、トレーニング手当について、本部から交渉権限の有する者の出席について、どのようになっているか。

(センター)本部に伝えたところ、本部から交渉のため出席することは考えていない。センター長が現場の責任者として交渉に応じる。

(組合)賃金引き上げ及びトレーニング手当の支給について、検討された引き上げ回答結果を示されたい。

(センター)要求された、賃金引き上げ、トレーニング手当の支給については、当初の文書回答どおりであり、要求には応じられない。当センターは、中小企業に勤務する健康保険制度の被保険者及びその家族と年金受給者を対象に健康づくり事業を推進しており、低料金で多くの人に利用いただくことを目的に事業運営を進めている。したがって、職員給与も公務員に準じた職員給与規程に基づき支給している。

(組合)これではセンター長と交渉を重ねても原告の要求が何ら前進しないではないか。センター長が交渉に応じるのなら何らかの前進した回答があってしかるべきだ。

(センター)原告の給与は、学歴及び経験年数等を基準に被告財団の給与規程に基づき適正に決定されており、賃金の引き上げには応じられない。……何回か同じ話をする。……

(センター)何十回交渉しても結果は同じだ。

(組合)センター長として何かよい方法はないのか。

(センター)この要求について、今後何百回交渉しても給与規程に違反した支出はできない。

(組合)これでは、原告の要求が何ら前進しないので、組合側で対応を検討する。

(組合)時間外手当について、原告の時間外勤務(平成四年一一月から平成五年二月)を書いたものを渡すので確認してほしい。

(センター)原告の要求内容では、超過勤務手当を支給すべき時間を確認することができない。センターは、原告に早朝出勤を命令していないし、勤務終了時間か、退社時間か、帰宅時間か明確でない。

(組合)原告が要求している時間表を渡しておく。

(センター)原告の時間外勤務手当(平成四年一一月から平成五年二月)について、奈良労働基準監督署に原告が直接訴えたので本年二月一六日に実地調査があり、超過勤務命令簿、関係書類等の提示と説明を求められ、時間外勤務手当の単価計算に一部誤りがあったので、本年三月一四日に、本年三月二五日の給与支給に併せて是正支給する旨回答している。

(組合)奈良労働基準監督署の調査担当者はだれか。

(センター)佐藤主任監督官が調査に来られた。

(組合)佐藤主任監督官に経過等を確認のうえ再検討する。

なお、第三回団体交渉の終了にあたっては、次回団体交渉の予定はなく、日程も定められなかった。

10  平成六年五月二七日午前一〇時から午前一一時五〇分までの間、センター事務室において、センター側は被告岡村及び林部長、組合側は松村書記長及び原告が出席して団体交渉が行われ、以下のやり取りがなされた。

(組合)従前から組合交渉を重ねてきたが、何ら賃金面で前進した回答を得ていない。原告の年齢から考え、奈良県の年齢別平均賃金に比して低賃金になっているので、何らかの方法で考えてもらえないか。

(センター)組合交渉の場で賃金問題、トレーニング手当等について回答しており、原告の給与は学歴及び経験年数等を基準に被告財団の給与規程に基づき支給している。給与も人事院勧告により、遡及して支給されており、更に要求されても、規程に反した支給はできない。

(組合)県の場合、超過勤務手当として一律八時間支給されている。

(センター)県庁職員の超過勤務手当の支給方法は十分承知していないが、超過勤務手当の支給は、勤務時間以外に職務上必要と認められた時間、勤務することにより支給する手当である。センターにおいても、前記事由により勤務した場合支給している。

(組合)一番の問題は賃金引き上げであり、何とかセンター長の側で考えてもらえないか。賃金問題等いろいろあるが、他の問題はあとにして、賃金の引き上げをしてほしい。

(センター)賃金問題は聞いておくが、交渉結果等回答は同じである。原告は、最近二か月以上も職員間の挨拶もせず、職務上の指示にも従わないので困っている。また、指示しても「団体交渉で話したろ」と回答するので、事業運営に支障がある。

(松村書記長)挨拶の有無は特に義務はないが、事業運営についてはセンター長の指示により進められたらよいのではないか。組合側は原告の賃金、労働条件等について関与するだけだ。原告は、センター長でなく職員であり、命令、指示に従って仕事をするようにしなさい。

11  平成六年六月三〇日午前一一時から午前一一時三〇分までの間、センター事務室において、センター側は被告岡村及び林部長、組合側は松村書記長及び原告が出席して団体交渉が行われ、以下のやり取りがなされた。

(組合)全開の話し合いで検討するようお願いした。結果を聞かせてほしい。

(センター)関係機関とも検討した結果、一か月八時間ないし一〇時間の範囲で超過勤務を行った場合支給する。この点は支部長とも協議済みである。

(原告)回答結果を検討させてほしい。

(松村書記長)組合員が検討したいと言っているので、次回話し合いにおいて組合側が回答する。

12  平成六年八月二四日午前一〇時五分から午前一〇時二五分の間、センター事務室において、センター側は被告岡村及び林部長、組合側は松村書記長及び原告が出席して団体交渉が行われ、以下のやり取りがなされた。そしてこれ以後、センターと組合との間で団体交渉が行われたことはない。

(松村書記長)賃金引き上げ要求に伴う解決策として、超過勤務手当の支給を内容とするセンター側の提示(一か月八時間ないし一〇時間程度超過勤務をした場合はその手当を支給する)について、組合で検討した結果、原告がこの提示内容を不満とし、拒否したいと言うので、この提示内容は一応当面見送ることにします。

(被告岡村)組合回答結果で、今回の賃金引き上げ要求に関し、これで一応終結したことを再確認した。

(松村書記長)就業規則二三条「休日(国民の祝日)」の規定とセンターの休日が不一致となっているが、そのわけを示してほしい。

(被告岡村)国民の祝日に相当する日数を計算し、センターでは年末年始と五月の連休時期及び八月のお盆の時期に、まとめて休館(休日)としている。………林部長からも松村書記長に対し、センターの休館日について具体的に説明して理解を得る。………

(原告)次回交渉まで、休日日数を検討したい。

(松村書記長)次回交渉することもない。本日話し合いをすることは事前に君(原告)に連絡しているではないか。資料も持参せず、このような君(原告)の交渉態度では、一般社会では通用しない。話し合いはこれで打ち切る。

(被告岡村)了解した。

13  被告岡村は平成七年三月三一日、原告に対し、同日から当面自宅待機を命ずる旨の指示を口頭及び文書で行った。その際、自宅待機中の給与は支払う旨付言したが、原告は右文書を受け取り、右指示にも何ら異議を留めずに応じた。

14  被告岡村は同年四月八日、原告に対し、出所を命じて被告財団の就業規則の所定条項に基づき、原告を同日付けで懲戒解雇処分に付す旨の発令通知を口頭及び文書で行った(以下「本件解雇」という)。その際、被告岡村は原告に対し、口頭で、解雇予告手当として二〇万四一四六円と同年四月分給与五万八三二八円との合計二六万二四七四円を支払う旨通知するとともに、直ちに私物を引き取り、職員章、鍵、健康保険証等センターの所有物を返還するよう通知したところ、原告はいったん右金員の領収証に署名したが、押印はせず、弁護士と相談する旨申し向けて右金員の受領を拒んだ。そして、私物の引取りと健康保険証等の返還に応じた上で、右領収証のコピーを入手して辞去した。

なお、A事件の訴状は平成七年五月二六日に被告財団に送達されたが、被告財団が本件解雇時に提供した右金員を、本件口頭弁論の終結時までに弁済供託した事実はない。

15  被告財団は同年四月八日、原告に対し、右同旨の通知を念のため内容証明郵便で行い、同郵便は同月一一日、原告に到達した。

16  本件解雇の理由は、原告は従前より職務上の義務に違反し、職務を怠り、センターの信用を傷つける等の行為を反復継続し、上司の度重なる指示警告に対しても改めることがなかったが、とりわけ平成七年三月二七日にはトレーニングジムで利用者に対し指導中の池田麻紀(以下「池田」という)に対し、右脚部を数回足蹴りにする等の暴行を加え、よって約一週間の通院加療を要する右大腿部打撲の傷害を加え、センターの業務を妨害したというものである。

17  被告財団の就業規則には次のような規定がある。(書証略)

(一) 理事長は、職員が次の各号の一に該当するときは情状に応じてこれを懲戒する。(五三条)

(1) 職務上の義務に違反し、又は職務を怠ったとき(二号)

(2) 被告財団の信用を傷つけるような行為があったとき(三号)

(3) その他前各号に準ずる程度の行為であったとき(五号)

(二) 懲戒処分は、次のとおりとする。(五四条一項)

解雇 予告しないで解雇する。

二  争点

1  本件解雇の有効性

2  被告岡村による原告に対する不法行為の有無及び原告の損害額

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

【被告財団の主張】

(一) 職務上の義務違反・職務怠慢行為の存在

(1) 原告は、センター在職中を通じ、業務の繁閑を問わず定時出退を続けただけでなく、自分は運動指導員であるからと言ってその他の業務には一切関与しない態度を示し、運動指導員の業務に当然関連する業務や他の職員の業務を一切手伝おうともせず、電話の応対もしない、他の職員と挨拶すらしない、業務連絡も一切しない等、およそ協調性を欠いた態度に終始していた。このような原告の態度は業務上の支障を生じるまでに至っており、原告に対しては勤務態度を改めるよう何度も指示していたが、原告は一切聞き入れようとはしなかった。

(2) 平成五年二月中旬、原告は業務時間中、利用者がいるにもかかわらず平気で昼寝をしていたので、委託先の株式会社スポーティングハウスジャパン(以下「スポーティングハウス」という)所属の近藤登トレーナー(以下「近藤」という)から注意を受けたが、「お前に言われる筋合いはない」等と喰ってかかる始末であった。

(3) 同年四月一二日から同月一四日までの間及び同年六月二三日から同年七月一日までの間、原告は連続して出勤せず、センターの職務に支障を生じさせたにもかかわらず、センター長や他の職員に詫びの言葉も述べなかったので、原告に対して勤務態度を改めるよう注意したが、一向に改めなかった。

(4) 同年七月一〇日以降、原告は被告岡村から日々の業務内容やトレーニングジムの利用状況について報告するよう再三指示されたにもかかわらず、頑なにこれに応じなかった。

(5) 同年八月中旬、原告はトレーニングジム入口横のガラス壁表裏に多数のビラを無断で貼付したので、被告岡村が直ちに撤去するよう命じたが、原告は従わず、その後の撤去指示にも頑なに応じなかった。

(6) 同年一二月下旬、原告はトレーニングジム入口トレーナーコーナーの壁に掛けてある月刊行事予定板の「一月予定表」「備考」欄に、「一一月一九日職員組合結成、TEL県庁本部(以下、略)」と勝手に記入し、被告岡村がこれを消すように指示したにもかかわらず、頑なに応じなかった。

(7) 平成六年一月八日から平成七年一月二八日までの間、原告はトレーニングジムの更衣室、シャワールーム等の点検をせず、消灯、施錠、冷暖房機器の電源切断等もせず、また、利用者の忘れ物があれば一階事務室にその都度届けて報告すべきであるのに、これを放置したまま退出し、再三にわたる注意、指示を無視して執拗かつ長期間・多数回にわたってこれを繰り返した。

(8) 平成六年四月中旬、原告はトレーニングジム入口付近の原告事務机に「労働組合」「生駒センター支部」「奈良県一般労働組合」等と記入ないしは貼付した箱を無断で設置し、被告岡村から撤去を明じられたにもかかわらず従わなかった。

(9) 同年六月三〇日から同年一〇月までの間、原告は被告岡村の度重なる指示を無視して、来客用の駐車場又はセンターの玄関前に自家用車を駐車し続けた。

(10) 同年七月から同年九月までの間、原告は被告岡村の度重なる指示を無視して、賃金職員に退出時間を守るよう指示せず時間外の業務を行わせた。

(11) 同年九月七日、原告が従前からの口頭による指示を無視して無精ひげを生やしたまま勤務し続けるので、被告岡村はやむなく文書で注意した。

(12) 平成七年二月二八日、原告は同年二月末までにトレーニングジム内の原告用机一台及び更衣室ロッカー一台を除く共用の備品の鍵を返却するようにとの指示に従わなかった。

(13) 同年三月一〇日、原告が従前からトレーニングジム内のトレーナーコーナー入口に無断で置いていた衝立を、再三の指示にもかかわらず撤去しないのでセンターが撤去したところ、原告は再度無断で衝立を設置し、右衝立上に「許可なく無断で衝立を取り外さないこと、組合と協議すること」等と筋違いの記載をしたビラを貼付し、右衝立の撤去及びビラの取り外しの指示を受けたにもかかわらず、頑なに応じなかった。

(二) 信用毀損行為の存在

(1) 平成五年二月中旬、原告は近藤にたびたび因縁をつけて喧嘩口論をふっかけ、あるいは近藤の指導中、傍らから「そんなのだめだ」「余計なことは教えるな」等と余計な口出しをして近藤の指導を邪魔し、受講者に不快感を与えた。

(2) 平成六年九月から同年一〇月までの間、原告はセンターの玄関前に自家用車を駐車し続けるとともに、人が接近すると警報ブザーが鳴るように仕掛けた警報機を取り付けて一日数回警報ブザーを吹鳴させ、連日受講者、来館者、一般通行人等を驚かせる行為を続けた。

(3) 同年一〇月一日、原告は業務中無断で職場を離れ、事務室に来て被告岡村に対し「センター長、ぼけ、しっかりせえ」と突然大声で怒鳴りつけた。

(4) 平成七年三月三日から同月二四日までの間、トレーニングジムで有限会社広中ミユキフィットネス研究所(以下「広中研究所」という)の山元正央(以下「山元」という)が受講者に講習会を行っている際に、原告は突然右講習に割って入り、大声を出し、暴言を吐く等して山元の講習を妨害した。このような原告の妨害行為は五回にわたり、被告岡村は注意、警告を重ねたが、原告はこれらを一切無視して右妨害行為を執拗に繰り返した。

(5) 同年三月一三日、事務室受付カウンターで新規受講者九名について申込みの受付業務が行われている最中、原告は無断で職場を離れ、突然事務室内に入り込んできて「トレーニング機械(皮下脂肪測定器)を移動したことに対する反対抗議」と怒鳴った上、被告岡村に近づいて被告岡村の机を右腕で力一杯たたきつけ、被告岡村に対し「バカヤロー」と罵声を浴びせた。

(6) 同年三月二七日、広中研究所所属の池田がトレーニングジムでセンターの業務を行っている際、原告は池田に対し、因縁をつけ始め、肩をつかむ、身体をつつく、強引に受付カウンターの方に引っ張る等の暴行を加えて同カウンター内に連れ込んだ上、池田の足元を足蹴りにしたり、ふくらはぎを足で払ったり、右大腿部の横を足蹴りにしたり、頭を受講証でつついたりたたいたりする等の暴行を加え、よって池田に対し、約一週間の通院加療を要する右大腿部打撲の傷害を負わせた。

(三) その他右に準ずる程度の行為の存在

(1) 平成五年一月中旬、備品、物品類を購入するについては、事前に物品取得伺を作成して被告岡村の決裁を受けるべきであったにもかかわらず、原告は右伺を作成して決裁を受けることなく、勝手に物品を注文して購入した。

(2) 同年二月、職員の入退場は一階正面玄関口から行われるべきであるのに、原告は三階非常口のカバーを勝手に外して出入りし、一階事務室に立ち寄らず帰宅することがままあった。

(3) 同年四月上旬、原告はスポーティングハウスに対し、近藤に関する根拠のない告げ口をし、すぐに首にするよう不当な要求をした。

(4) 同年一一月一九日、原告は職員会議に出席しながら、何ら正当な理由なく一方的に退席した。

(5) 平成六年五月二日、原告は被告岡村の指示に反し、受診義務を有する定期健康診断を受けなかった。

(6) 同年六月三日、原告は出勤簿の同月六日の欄まで押印した。

(7) 同年一一日、原告は被告岡村の指示に反して遅刻届を出さなかった。

(8) 同年七月二七日、原告は通常二三度ないし二四度に調整すべきトレーニングジムの室温を、一八度にセットして過度に冷房を効かせ、センターの業務を妨害した。

(9) 同年八月三一日、原告は音楽をやかましくかけ続け、全館放送を聞こえなくするとともに、室内温度を異常に低く設定して、センターの業務を妨害した。

(10) 平成七年二月二四日、原告は職員会議の席上、会議に無関係の話を始め、大声で怒鳴ったり暴言を発したりして、会議の進行を妨害した。

(四) 本件解雇手続の合理性

右のような原告の行為は、センターの秩序を著しく混乱させ、その信用を著しく毀損するものであったが、被告財団は、原告の反省悔悟を期待して口頭及び文書による長期間かつ多数回の指示、命令、警告を繰り返してきた。しかし、このような被告財団の指示、警告も奏効せず、このままでは、より重大かつ深刻な事態に発展する高度の蓋然性があったので、被告財団は平成七年三月三一日、原告に対し当面の自宅待機を命じた上で、同年四月五日、懲戒委員会を開いて慎重に審議した末、本件解雇を決定した。

【原告の主張】

(一) 職務上の義務違反・職務怠慢行為について

(1) センターの開設準備段階では、原告はまだ運動指導員ではなく、開設準備室に勤務し、朝一番で出勤して夜は最後に帰っており、平成四年一一月には七九時間三〇分、同年一二月には九八時間〇五分、平成五年一月には一一三時間二〇分の超過勤務をしていた。センター開設後は、仕事全体がさほど忙しくなく、原告は就業時間どおりに勤務し、他の職員に対する協力も当然に行っていたが、同年一月二〇日ころ、被告岡村に対し、「全然残業していない人でも自分と同じぐらいの超過勤務手当が支給されているので、バランスをとってほしい」と相談したところ、被告岡村はこれを根に持って、以後原告に対しさまざまな嫌がらせをするようになった。

(2) 原告が勤務時間中に昼寝をしたことはない。

(3) 平成五年四月一二日から同月一四日までの間はヘルスケアリーダーの養成研修に参加するため静岡県熱川市に、同年六月二三日から同年七月一日までの間は健康運動実践指導員養成講座を受講するため札幌市にそれぞれ行っていたものであり、いずれについても事前に許可を得て旅費の支給も受けている。

(4) 原告は日々の業務内容やトレーニングジムの利用状況を報告していた。

(5) 原告がトレーニングジム入口横のガラス壁に「健康運動実践指導者登録証」「健康管理のため血圧チェックをしましょう」等のポスターを貼ったのは事実であるが、前者は利用者に指導者である原告の資格を示して安心感を与えるために貼ったものであり、後者は購入した運動器具に附属されていたものを貼っただけである。

なお、右ガラス裏に数枚の張り紙をしたことも事実であるが、これは原告の机の前に種々の事務事項等を記載した用紙を貼っただけであり、何ら業務に支障のないものであった。

(6) 利用者からは見えない位置にあるトレーナー室内のホワイトボードの備考欄に、備忘録的に組合結成日時や本部の連絡先を記載したことはあるが、被告岡村の指示で直ちに消している。

(7) 原告は毎日、三階のシャワールーム、更衣室、トレーニングジムの点検、消灯、施錠、冷暖房機器の電源切断、忘れ物のチェック等を行っていた。センターは、原告の勤務終了時刻後も各種講座等の利用者のために午後九時まで開いており、そのため原告が点検、帰宅した後に、それらの利用者が電気をつけたりすることがあった。原告の勤務終了時刻後のチェックは、センターの閉館時までを勤務時間とする他の職員がすべきものであり、原告の責任ではない。

(8) 原告が自分の机の上に箱を置いたことはあるが、その箱は利用者からは見えない位置に置いていた。

(9) 原告は、被告岡村から来客用の駐車場を使用するように指示されており、そこに自家用車をとめていたが、玄関前にとめたことはない。

(10) 賃金職員(女性パート)の帰宅時間が一〇分ないし一五分送れることがあったのは事実である。原告は、勤務終了時に女性パートと手分けして点検等を実施していたが、被告岡村は、点検漏れを指摘する書面を作成して原告の出勤簿にはさんでいた。原告がこのような嫌がらせ行為を女性パートに話したところ、女性パート達は憤慨して毎日帰宅時間を遅らせて、閉館の時間まで点検してくれるようになった。

(11) 原告が無精ひげを生やしたことはない。

(12) 原告は、使用中で必要性のあるものを除き、鍵は返却している。

(13) 被告財団の主張する衝立は、原告がそれまで二年間にわたって使用してきたものであり、使用にあたっては被告岡村の承諾を得ていた。右衝立は、皮下脂肪の測定や問診をするときに利用者が安心できるようにとの配慮から設置したものである。

(二) 信用毀損行為について

(1) トレーニングジムでは、有線放送から運動に適したエイトビートの音楽を流していたが、近藤が無断でこれを切り、持参したマドンナ等のビデオをつけていたので、原告は「仕事の合間にトレーニングと関係のないビデオをつけないように」と注意したことがある。近藤は運動器具の基本的な操作も知らず、利用者に誤った指導をしていたので、原告が指示したことはある。しかし、近藤は平成五年三月二三日ころ退職するにあたって、「岡村さん、センター職員のみなさま、短い間でしたけれどもありがとうございました」と日報に記載しており、原告が近藤に対して喧嘩口論をふっかけていないことは、右事実からも明らかである。

(2) 原告の車に警報装置をつけていたことはあるが、同装置が吹鳴したことはほとんどない。

(3) 被告財団の主張するような事実はない。

(4) トレーニングジムでは、利用者が運動器具を使って鍛錬中であり、原告が利用者の指導等に当たっていた。しかるに山元は、トレーニングジム内に十数名の受講者を引き連れてきて説明しだしたので、運動器具を使用して鍛錬中の他の利用者の妨害になった。そのため原告は、口頭で邪魔になる旨を指摘したにすぎず、山元の講習を妨害してはいない。被告財団は、利用者の妨げになる山元の行為は不問に付して、原告だけを一方的に非難する文書を出しているのである。

(5) 被告財団は、従前から原告が利用者の皮下脂肪を測定するのに使用していた機器を、原告に何ら説明することなく撤去した。原告が利用者の不便になるとして説明を求めたところ、被告岡村は「国有物品をどう管理しようと俺の勝手や。業務命令や。何でいちいちお前に話さなあかんね。説明する義務はない。業務中や、職務につけ」と怒鳴るばかりで話にならなかった。

(6) 原告が池田に対して暴行を加えた事実はない。

(三) その他右に準ずる行為について

(1) 決裁を受けることなく物品の購入ができるはずがない。

(2) 被告岡村はセンターの開設当時、原告に対し、三階の非常口を使用するように言っていた。これを受けて原告も、三階の非常口から出入りしたことがあったが、注意を受けてからは出入りしていない。

(3) 原告がスポーティングハウスに対し、近藤について前記のような出来事があったことを説明し相談した事実はあるが、事実に基づかない誹謗中傷をしたことはなく、首にするよう求めたことはない。

(4) 定期健康診断を受診できないことは事前に連絡してあった。

(5) 原告が職員会議を一方的に退席したことはない。被告岡村から退席を命じられたのである。

(6) 出勤簿の先の欄に押印した事実はない。

(7) 遅刻はしていない。

(8) 当日は、室温が三〇度を超えており、冷房機の温度を一八度に設定しないと二二度ないし二三度の適温にはならず、利用者にとっては暑すぎたのである。

(9) (9)、(10)に関し、被告財団が主張するような事実はない。

(四) 本件解雇手続の合理性について

被告財団の主張は否認ないし争う。

2  争点2について

【原告の主張】

原告は被告岡村から次のような嫌がらせを受けてきたが、被告岡村の右行為は原告に対する不法行為を構成するものであり、これにより原告が被った精神的苦痛に対する慰藉料は一〇〇万円を下らない。

(一) 根拠のない指示事項書の発行等による嫌がらせ

原告の業務はトレーニングジム等の点検で終了するが、原告の点検後も他の講座等の利用者がシャワールームや更衣室等を利用することがあり、電灯の消し忘れ等があった。被告岡村はセンターの最終点検をしていたものであるが、右のような事情を知りながら、最終点検時の電灯の消し忘れ等を原告の点検漏れと決めつけ、再三にわたって指示事項と題した警告書を出勤簿にはさみ込んで嫌がらせ行為を繰り返してきた。

(二) 平成七年一月以降のトレーニングジム閉鎖

被告岡村は平成六年九月ころ、労働組合員である原告を差別する意図の下に、同年一二月末から当分の間トレーニングジムを休講する旨通告した。しかしながら、トレーニングジムを閉鎖する必要性は全くなく、それは原告から仕事を奪うためのロックアウトにほかならない。

(三) アルバイトの不当解雇による原告の負担増加

被告岡村はトレーニングジムを突然一方的に休講とする旨通告し、詳しい説明もすることなく補助のアルバイト職員を契約切れにして平成六年九月末で解雇した。しかし、トレーニングジムの利用者が急に減ることはなく従前の仕事内容に変化はなかったので、原告一人で対応するには無理があった。このため原告は従前どおりアルバイトを雇用するように申し入れたが、被告岡村は正当な理由なくこれを拒否し、組合員である原告を一人トレーニングジムに隔離した状態で就労させ、技能向上には関係のない器具磨き等の作業に従事させて、原告を辞めさせようとした。

(四) 委託職員採用による原告の就労妨害

原告はトレーニングプログラムの作成資格を有しており、二年間にわたって約二〇〇〇人以上の会員を指導して好評を博していたが、被告岡村は合理的な理由なく、平成七年二月から右プログラムを作成するアドバイザーとして委託職員を採用することを計画し、組合員である原告を職場にいづらくさせている。また、健康運動指導士の資格あるアドバイザーを採用することにより、組合員である原告に健康運動指導士の資格取得の機会を得させないように妨害している。

(五) 勤務不良者のレッテル貼り

(1) 被告岡村は、平成六年六月から同年一一月までの間、原告に対してだけ出勤簿に頻繁に指示、連絡事項を記載した文書をはさみ込み、陰湿な嫌がらせをしてきた。その文書は「岡村へ」という侮辱的な書き出しで始まり、ほとんど身に覚えのない虚偽の事項を書き連ね、勤務態度が悪く職員として適性に欠ける等といったひどい内容を記載したものである。

(2) 被告岡村は同年六月一一日、原告を不当に遅刻扱いにした。原告は同日、午前九時に出勤すべきところを午前八時五〇分ころには到着し、午前九時五分に血圧測定をしたことが血圧測定器の記録にも残っていたが、被告岡村は一五分遅刻したとして、原告に遅刻届を出すように強制した。

(3) 原告は平成六年の盆休みの約三日前からひげをのばし始め、約一〇日間かけてきれいにそろえていた。ところが、盆休みがあけて出勤すると、被告岡村から「お前ひげ剃れ」と強制され、二日ないし三日後の出勤簿には「無精ひげで品位がなく剃り落とせ」といった内容のメモがはさみ込まれていた。原告のひげは、運動指導員として決して支障のあるものではなく、ひげを剃るように強要するのは人格権に対する不当な侵害である。

(六) その他の嫌がらせ

トレーニングジムの休講に関し、奈良新聞に「休講に不満噴出」というタイトルで記事が掲載された翌日、被告岡村が突然部下二名を従えてきて、勤務時間中で利用者がいるのに、原告に対し「会議やからこっちへ来い」と言ってトレーナー室に押し込んで退出できなくした。そして、「お前が警報機ぶーぶー鳴らして利用者が来るのを妨害したから客が来なくなったんや、だから休講になったんだ」とか、「お前が新聞社に間違ったこと言うからや」等と言って、原告に因縁をつけてつるし上げた。

【被告岡村の主張】

(一) 原告の主張(一)について

被告岡村は従前から原告に対し、再々口頭で点検漏れ等の注意をしていたが、平成五年一二月ころからは点検漏れの頻度が多くなり、原告に口頭で指示注意しても知らない、聞いていない等と言って聞き入れず、その態度に改善がみられなかったので、文書で指示注意したものである。

(二) 原告の主張(二)について

センターが平成六年一二月末から当分の間トレーニングジムを休講することとしたのは、開設後一年余りを経過し、トレーニングジムのより一層の充実とサービスの向上を図るため、被告岡村が被告財団本部及び社会保険庁とも相談して、センターの運営及び施設の整備計画を立てたことによるものである。

(三) 原告の主張(三)について

アルバイト職員の雇用期間は当初から平成六年九月末になっており、センターがそれ以降再度雇用しなかったのは、トレーニングジムの整備改善計画に基づき同年一二月末から休講する予定にしていたため、一時的に新規利用者の減少が見込まれたからである。

(四) 原告の主張(四)について

原告の習得したヘルスケアリーダー及び健康運動実践指導者の資格においては、各人に応じた運動メニュー、運動プログラムを作成することはできず、これを作成するためには健康運動指導士というよりレベルの高い資格が必要となる。また、センターが平成六年七月に実施したアンケート調査では、原告に関し「相談しにくい雰囲気である」とか「トレーナーの対応が悪い」等の意見が利用者から寄せられていた。そこで、トレーニングジムのより一層の充実とサービスの向上を図るため、センターの運営及び施設の整備計画の一環として、広中研究所に対しトレーニングジムの運営を委託したものである。

(五) 原告の主張(五)について

(1) (1)については右(一)に記載したとおりである。

(2) (2)については実際に一五分遅刻したものである。

(3) (3)については実際に無精な感じになっていたので、利用者に失礼にならないよう正当に注意したものである。

(六) 原告の主張(六)について

奈良新聞の記事には、「トレーニングジムの閉鎖」「一方的宣言」「暴挙」といった言葉が記載され、また「反社会的な行為」がある等、誤った事実が記載されていた。そして、右新聞記事のコピーがセンター内に無許可で張り出されたりトイレに置かれたりしたため、被告岡村は林部長立会いの下、原告に対し、報道機関から取材の申し出があったときは事前に上司に連絡し指示を仰ぐこと、センター内で文書の掲示や配布を行うときは許可を受けることを告げ、トレーニングジム内のコーナーで約一五分間業務上の指示警告を行ったものである。

四  証拠(略)

第三争点に対する判断

一  認定事実

証拠(各項中に摘示したもの)によれば、次のような事実を認めることができる。

1  センター準備室当時の原告の所定労働時間は午前八時四五分から午後五時までであり、午後五時三〇分以降の勤務を命じられた場合には法定労働時間をこえる労働として時間外勤務手当が支給されることになるところ、平成五年一月二五日ころ、原告は被告岡村を呼び止めて、支給された同月分の給与(平成四年一一月二五日から同月三〇日までの分及び同年一二月分の超過勤務手当を含む)について、「私の評価はこれだけですか、超過勤務手当はこれだけですか」等とクレームをつけ、被告岡村がこれを聞きおくという態度で黙っていると、その後数日間他の職員と挨拶も交わさなかった。また、原告はそれまでは、平成四年一二月一一日に病気休暇から復職した林部長はもとより、大谷や北畑と同等以上に職務に精励して法定労働時間をこえる労働にも従事していたが、右のようなことがあってからは、あまり所定労働時間をこえる労働に従事することはなくなり、支給される超過勤務手当の額も従前より格段に少なくなった。(証拠略)

2  原告は平成五年四月一二日から同月一四日まで静岡県熱川市で開催されたヘルスケア・リーダー養成研修講座を受講し、これを踏まえて同年五月一日付けで保健職に配置換えとなったが、その後、今度は事前に被告岡村の了承を得ないまま北海道旭川市で開催される予定の健康運動実践指導者養成講座の受講を申し込み、受講直前になって初めてその日程が同年六月二三日から同年七月一日に決まったことを明らかにした。これを聞いた被告岡村は、原告が欠勤すると他の職員の業務にもしわ寄せが出るため、その対応に苦慮したが、資格を取ることは原告のためにもなると考え、被告財団とも相談し、当該期間を出勤扱いとして受講を認めた上、原告に小遣いとして二万円を与えた。しかし、原告は受講を終えて帰ってきても、被告岡村や他の職員に挨拶もせず、受講内容の報告もしなかった。このため被告岡村は、原告に対し自分本位の身勝手な態度を改めるよう注意するとともに、従前怠りがちであった日々の業務報告も怠ることのないように指示した。(証拠略)

3  運動指導員としての業務に従事するようになってからの原告の所定労働時間は当初、月曜日、水曜日及び金曜日が午後〇時から午後八時四五分まで、火曜日、木曜日(木曜日はのちに休みになった)及び土曜日が午前九時から午後五時四五分までとなっていたが、原告は同年一一月一九日、センター職員会議の席上で、トレーニングジムにすぐに冷水器を設置してほしい、午後からの勤務は疲れるので昼間の勤務だけにしてほしい、給料が安いので上げてほしいと発言し、被告岡村が理由を説明していずれにも応じ難い旨を述べると、会議の途中で退席した。原告はその翌日、センター一階事務室に現れて被告岡村及び林部長に対し「職員組合を作ります」と宣言し、同年一二月下旬には、被告財団の許諾を得ないまま、トレーニングジム入口のトレーナーコーナーの壁に掛けてある月刊行事予定板の「備考」欄に、「一一月一九日職員組合結成、TEL県庁本部(以下、略)」と記入した。(証拠略)

4  原告の業務は、所定労働時間終了時にセンター三階のトレーニングジム及び男女各更衣室の点検(忘れ物の有無の確認、各種機器の電源切断等)、施錠を行うことによって完了するが、右のような指示にもかかわらず、原告は日々の業務報告を怠りがちで、右点検、施錠にも不備がみられていた。このため被告岡村は、センター閉館時に事務職員が最終点検を行った記録に基づき、平成六年一月八日から同年五月二八日までの原告の点検不備事項を一覧表にまとめ、これに「岡村次郎へ、次の事項について指示する。君の業務範囲であるトレーニングルーム及び三階男子、女子更衣室、シャワールームの整備点検が別紙内容(6年1月~6年5月)のとおり不備であり、再々喚起しているが改善されない。今後においても充分注意し業務を遂行すること」と記載した指示事項書を添えて、同年五月三〇日、原告に交付した。これを受けて原告は、同年五月三一日から点検内訳表を作成して点検の結果をこの表に記載することによって点検業務の万全を期すようにした。しかし、それにもかかわらず、トレーニングジムのドアや窓の施錠忘れがままあっただけでなく、男女更衣室については、トレーニングジムの利用時間終了後も多目的ホールの利用者がこれを使用する関係にあり、原告の点検中にこれらの利用者が使用中であることも多かったため、原告が所定労働時間終了前比較的早期に点検を終えたときを中心として、事務職員による最終点検時に忘れ物が残っていたり、消灯忘れが発見されることが多かった。このため被告岡村は同年九月二六日、改めて同年六月一日から同年九月二四日までの原告の点検不備事項を一覧表にまとめ、これに「岡村次郎君へ、次の事項について指示する。君の業務範囲であるトレーニングルーム及び3階男子、女子更衣室、シャワールームの整備点検が別添内容のとおり不備であり、再々注意するも実行改善されない。権利要求する以前に、職員として自覚し義務を果たすこと」と記載した指示事項書を添えて原告に交付したが、原告は、自己の点検時には利用者が更衣室を使用中であった等の事情を説明したり、前記点検内訳表を示して自己の点検時点では不備はなかったといった弁明はしなかった。(証拠略)

5  被告岡村は原告に対し、右のほかにも平成六年中に、次のような指示事項書を交付していた。

(一) 平成六年六月一日付け指示事項書(書証略)

「岡村次郎へ、次の事項について指示する。1、3階女子更衣室のロッカーに一〇〇円の忘れ物あり、現金の忘れ物については事務室に持参すること、2、点検の際シャワー室を使用していない場合はドアーを開けておくこと(湿気が多いため)」

(二) 同月三日付け指示事項書(書証略)

「岡村次郎へ、次の事項について指示する。出勤簿の押印は出勤当日欄に押印すること。6月3日現在6月6日の欄まで押印されている、充分注意すること」

(三) 同月八日付け指示事項書(書証略)

「次の事項について指示する。トレーニングジム賃金職員の退社時間は従前より17時30分、20時30分となっているので、できるかぎり時間どおり帰れるよう配慮すること」

(四) 同月九日付け指示事項書(書証略)

「岡村次郎へ、次の事項について指示する。6月8日、トレーニングジム受講生で、時計の忘れ物を取得した場合、事務室の机の上に放置することなく、当日の最終管理責任者に口頭で説明を加えて明確に引継すること、職員として当然の行為を守りなさい」

(五) 同月一八日付け指示事項書(書証略)

「次の事項について指示する。1、職員の健康診断の受診(5月2日受診予定)を連絡したにもかかわらず、受診もせず、担当職員にも何ら連絡がない。2、出勤時間を遅刻(6月11日)しても無言であり、遅刻届も出ていない。3、最近、2ケ月~3ケ月の期間出勤時、退社時においても職員間の挨拶もせず、職務上の連絡等も何ら意志の会話をしないため、職員として組織運営上支障を来たしている。再々文書等で注意するも改善されない。職員として不適格であり、深く反省を求める」

(六) 同年七月二六日付け指示事項書(書証略)

「岡村次郎へ、次の事項について指示する。1、トレーニングジム賃金職員の退館時間についてすでに指示するも、何ら改善していない。賃金職員は健康センターが雇用している事を理解し指示どおりすること。2、職員の通勤用自動車の駐車について、6月30日に連絡したが、その後も受講者と同じように駐車している。職員の駐車は(通勤手当も支給しており)各自責任で指示どおりすること」

(七) 同年七月二七日付け指示事項書(書証略)

「岡村次郎へ、次の事項について指示する。1、トレーニングジムの室温が18度でセットされているが、この猛暑の中、館全体の冷房機がフル回転しており、トレーニングジムは22度、男女更衣室は23度~24度程度で適温使用すること。再々注意するも、自己中心的な行為は厳に慎むこと」

右指示事項は、冷房機の設計上、徐々に設定温度を下げていけば室温が下がっていく旨設備業者から説明があったのに、原告が、室温が下がらないとして当初から一八度で温度設定をしてしまうため注意したものであった。(原告本人の供述、被告岡村本人の供述)

(八) 同年九月七日付け指示事項書(書証略)

「次の事項について指示する。<1>無精ひげを剃り落とし、センターの運動指導員としての品位を保つようにすること(口頭で注意するも無視するので文書で注意する)、<2>現在トレーニングジム賃金職員の雇用期限は9月末までとなっているので、再雇用についてはセンター長が判断する。各賃金職員の退社時間は前回の指示事項どおり17時30分、20時30分となっているが、これがいまだに守られていない。また、トレーニングジムと更衣室の点検も不充分であるので、賃金職員に口頭で注意している。※以上のことを賃金職員に充分実行するよう指導すること。※賃金職員の再雇用については総合的に判断してセンター長が決定する。今後賃金職員の採用については、センター長の判断で必要人員を採用する」

なお、右指示事項<1>は、盆休み後原告が十分に手入れが行き届かないままひげを生やした状態で出勤し、それが利用者には無精な感じを与えかねない状況にあったので、利用者に不快感を抱かせないよう指示したものである。(証拠略)

(九) 同月二四日付け指示事項書(書証略)

「岡村次郎君、次の事項について指示する。玄関前にマイカーを駐車し、警報ブザーを取り付け、毎日数回警報音を発音させ、受講者、来館者及び一般通行人を驚かす行為を中止するよう厳しく注意するも、反抗を続けている。この態度は、センターの営業妨害行為であり、ますますセンターのイメージが低下していく。文書で厳重注意する」

(一〇) 同年一〇月一日付け指示事項書(書証略)

「岡村次郎君、次の事項について指示する。本日午後3時50分業務時間中事務室に来て大声でセンター長に対し、『センター長、惚け、しっかりせえ』と突然暴言を発し、事務室の職員はもちろん、ロビーの受講生も驚き退散した。センター玄関前にマイカーを駐車し、警報機を取り付け、日に数回警報音を発し、来客を驚かし、業務妨害を重ねている。これ等の行為は、公務上の妨害行為であり職員として考えられない暴力的行動、言動である」

(一一) 同年一〇月二二日付け指示事項書(書証略)

「岡村次郎君、次の事項について指示する。◎報道機関より取材の申出があれば、勝手に取材に応じないこと。必ず事前に上司(センター長、センター長不在のときは業務部長)にその旨連絡し指示を仰ぐこと。◎館内の文書掲示、利用者への文書配付は必ず事前に上司(センター長又は業務部長)の許可を得たうえ行うこと」

6  被告岡村は平成六年六月三〇日、全受講者を対象として、同年七月四日から同月一一日までの間(トレーニングジムについては同月四日から同月三一日までの間)、<1>利用者の性別、年齢、住所、交通機関、<2>スイミング、トレーニングジム利用者の満足度、その他受講講座についての意見、希望、現在の講座以外で今後受講を希望する講座、受講しやすい時間帯、<3>窓口対応についての満足度、<4>施設、設備、駐車場及びレストランの充実度等に関するアンケート調査を実施することを決定した。右アンケート調査の結果、一二五八名の利用者から回答があり、トレーニングジム利用者からも一〇七件の回答があったが、トレーニングジムに関する意見、希望としては、ジムのプログラムを組んでほしい、トレーニング機器が少ないといった意見が多く、このほかにも、トレーナーに相談しにくい雰囲気である、トレーナーの対応が悪い、運動器具の扱い方をていねいに指導してほしい、モデルトレーニングを何通りか作り貼付してほしい、トレーニングシューズでトイレを利用するため不衛生である、バーベルの設置を希望する、ダンベル数が少ないといった意見がみられた。そこで被告岡村は、右アンケート調査の結果を踏まえ、同年八月に入ってから、<1>施設講座の開設として、英会話、囲碁、油絵、<2>設備の改善として、教養室の筆洗い場の設置、三階に冷水器の設置、駐輪場の屋根の設置、トレーニングジムの機器の増設、シャワー増設、バス停留所の早期設置要望、<3>トレーニングジム運営改善として、営業時間の拡大、メニュー作りと指導方法の改善、を内容とする平成六年度施設整備及び講座の運営改善計画の策定に取りかかった。そして、同年九月中旬に被告財団本部とトレーニングジムの運営見直しのための協議をした上、トレーニングジムで原告の補助業務に従事していた賃金職員については、契約期間が満了する同年九月末をもって雇止めとすることにし、同月二三日ころ、トレーニングジムの運営について総合的な見直しを行い、営業時間の拡大、講座制の導入、受講者のメニュー作りと指導方法の改善について検討するため、平成七年一月から当分の間トレーニングジムを休講し、これと併せて利用券の発売も平成六年一〇月一日から一時中止することを内容とする「トレーニングジム利用の皆様にお願い」を発表した。(証拠略)

7  原告は、右のような措置は原告に対する個人攻撃であるとの認識の下に、これ以後センターの玄関前に自家用車を駐車し、これに装着した警報ブザーを日に何度が吹鳴させる一方、「生駒社会保険健康センター、トレーニングジムの閉鎖に対して、会員の私達は、反対します。なぜならば、会員の私達が、男の先生、女の先生と共に和気藹々と、和やかな楽しい気分で、体力維持向上のために希望をもって、今日まで、トレーニングジムに励んできましたのに『十月に継続利用者に利用券の発売中止。利用券の持っている会員は、今年十二月二十四日で終り、すなわち、トレーニングジム閉鎖』という、岡村センター長の一方的宣言には、会員の私達の希望は無視された暴挙と断言できます。『財団法人社会保険健康事業財団』の名を便りに今日まで体力の向上に励んできましたのに利用者の迷惑になるような反社会的な行為を許すことはできません。岡村センター長は、『機械の新規入れ替え』というが、一年八か月で入れ替える必要はどこにあるのでしょうか、今機械の入れ替えというのは、税金の無駄使いです。使える機械は、使わせてください。これは、岡村センター長の個人の意見で閉鎖されるのは、会員の私達としては納得できません、迷惑です。私達会員は、トレーニングジムの閉鎖に反対します。私達会員は、続けて、トレーニングジムを利用したいです。この意見に賛同して下さる皆様、御署名願います」と記載した文書への署名活動を行い、これと併せてB事件の訴え提起を準備して奈良新聞の取材にも応じた。その結果、原告がB事件の訴状を当裁判所に提出した日である平成六年一〇月二〇日の奈良新聞には、「ジムの運営見直し……」「一時休講に不満噴出」との見出しの下に、「利用者から『急に利用できなくなる理由が納得できない』など不満が噴出。『ジムをこのまま続けてほしい』と署名活動まで発展している」等の記事が掲載され、同月二一、二二日には、右新聞記事のコピーがセンターのエレベーター内に多数貼付されたり、女子トイレ内に多数置かれたりした。右5の(九)ないし(一一)の指示事項書は、原告のこのような行為に対して出されたものである。(証拠略)

8  右のような経過を踏まえて被告岡村は、被告財団本部と協議してトレーニングジム運営改善基本方針の見直しを行い、平成六年一二月一二日、トレーニングジムの一時休講措置を撤回して、休講せずに機器の増設工事等を行うことを決定した。しかし、原告はなお、被告岡村の前記行為は原告に対する個人攻撃であるとの認識の下に、平成七年一月下旬ころには、センター内の階段や廊下の壁面に多数、黒インクのボールペンで「オサムヤメロ」等の落書きをした。(証拠略)

9  被告岡村は前記アンケート調査の結果を踏まえ、トレーニングジム運営改善の一環として、トレーニングプログラムの作成提供ができる健康運動指導士という資格を有する者の確保を検討していたが、平成七年二月までには健康運動指導士を有する広中研究所との間で、トレーニングジムの運営改善業務の委嘱について基本的な合意が調ったので、同月二四日の職員会議においてその具体的内容についての打ち合わせを行った。ところが、原告は右会議の席上、B事件の裁判の内容や組合の話を持ち出して会議の進行を妨害する発言をしたので、被告岡村から退室を指示された。(証拠略)

10  平成七年三月から、トレーニングジム利用者に対する広中研究所所属のトレーナーによる指導が本格的に始まったが、同月上旬から中旬にかけて原告は、広中研究所所属の山元が新規受講者に対する講習会を行っている最中に、大声でその中止を求める発言を繰り返したため、被告岡村は原告に対し、次のような指示事項書又は注意・警告書を交付した。(証拠略)

(一) 同月七日付け指示事項書(書証略)

「岡村次郎殿、次の事項について指示する。3月3日トレーニングジム初回利用者の第1回講習会(受講者17名)途中に会場に入り、山元先生の説明を中断し、大声で非難妨害し、センター事業の信用を大きく傷つけ業務執行の妨害を行った。今後いかなる妨害行為も行わないよう厳重注意する」

(二) 同月八日付け注意・警告書(書証略)

「トレーニングジムの講習会及び運動指導について業務妨害しないようすでに注意したが、3月7日第2回講習会(11時~12時)においても機器説明中に業務妨害があり、受講生(男性1名女性3名)からセンター長に下記苦情の申し出あり。『設備は良いが、男性の不必要な割り込み説明及び山元先生を非難する行為を見て、トレーニングジムを利用する気になれない。大変不快であった』重ねて、講習会及び運動指導等妨害をしないよう警告する」

(三) 同月一〇日付け注意・警告書(書証略)

「講習会妨害中止を再三警告するも中止しない。本日(3月10日1時~2時の講習会)の講習会中の説明についても、さえぎり、講師に対する暴言など、これらの妨害行為は業務妨害であり、中止しない場合は就業規則に基づき相当の処分をせざるを得ない」

(四) 同月一三日付け注意・警告書(書証略)

「毎日のようにセンター業務を妨害し、警告を発するも中止しようとしない。本日12時10分、1階事務室受付カウンターで新規受講者受付最中(村上悠記枝外9名申込手続中)にやって来て、センター長に対し、大声で『トレーニング機械(皮下脂肪測定機)を移動したことに対する反対抗議』し、センター長の机に近付き、センター長の机を力一ぱい右腕で叩き付け、『センター長バカヤロー』と罵声をあびせた。このため受講申込者も『あれは何人や』と驚き退散した。センター長及び事務室の職員(4名)も制止するも止まない。正常な職員の態度及び言動とはとうてい考えられない。毎日のように業務妨害行為であり、センターの信用失墜行為を重ねている。就業規則に基づき相当の処分をせざるを得ない。厳重に注意する」

(五) 同月二七日付け注意・警告書(書証略)

「トレーニングジム運営について、業務妨害を再三にわたり続けられ、利用者に大変な不快感、不信感を与え、信用失墜を重ねている。3月17日午後、3月24日午後の講習会においても山元先生の説明を妨害し、思い余って山元先生が連れ出そうとするも応じない」

なお、右の過程では、同月二〇日付けで、広中研究所代表の広中ミユキからセンター宛に、「トレーニング室使用改善を受託した当広中ミユキフィットネス研究所は、改善の為の努力を積極的に計っているところであるが、貴センター職員の講習会妨害、新規プログラムの実施妨害及び派遣トレーナーに対する執拗な嫌がらせ、また講習会受講者からもその職員に対する苦情が相次ぎ、さらにトレーニング室利用者間にこの職員の勤務時間帯をさけて来場するなど本末転倒とも言うべき異常な状況にある。このような状況では所期の目的を達成することが懸念され、このままかかる事態を放置すればさらに重大な問題へと発展しかねない。従ってこのような職員に対する速やかなる処分を実行されますようお願い致します」と記載された書面が提出されていた。(書証略)

11  広中研究所からは、山元のほかにも池田、藤田、村井という3名の女性トレーナーがセンターに派遣されていたが、平成七年三月二七日、池田がいつでも利用者の指導に出られるように受付カウンターを少し出たところに立っていると、原告は「受付の中に入っとけって言ったやろうが」と言って池田の肩をつかみ、池田を受付カウンターの中に入れようとした。池田が「セクハラだ」と言って抵抗すると、原告は「セクハラか、ああなんぼでも言え」と言って池田の右肩に手を回して受付カウンター内まで押していった上、池田の右大腿部を一回蹴り、足で池田の右ふくらはぎを払ったり右足元を軽く蹴ったりしたほか、何枚か重ねた受講証で池田の頭を叩く等の暴行を加え、受付カウンタを蹴飛ばしながら「センター長呼ぶなら呼べ、なんぼでも話したる」と大声で言った。このため池田が思いあまって内線電話でセンター長を呼び、センター長がトレーニングジムに現れるや、原告は「マシンの故障が直ってないから業者に言って下さい」等と全く関係のない話を始め、目の前で池田が直前の状況を報告しているのに「そんなことはしていない」と平然とした顔で言うとともに、「池田に肩をつかまれた」等と、非はむしろ池田にあるかのようなことを言い出した。池田はその日のうちに、被告岡村に連れられて生駒総合病院を受診し、右大腿部打撲により約一週間の通院加療を要する旨の診断を受け、一応湿布薬の投与も受けたが、以後特に通院はせず、同月二九日からは再びセンターで勤務を開始した。(証拠略)

12  被告岡村は平成七年三月二八日、原告に対し、「7年3月27日午後3時頃、池田麻紀さん(広中ミユキフィットネス研究所職員)に暴力行為を行い、右大腿部打撲の傷を付けた。これは許すことのできない行為であり、厳重に警告する」と記載した注意・警告書を交付した。(書証略)

二  争点1について

右一に認定したところによれば、原告については、センターという少人数の職場のなかで徐々に自己中心的な行動が目立つようになり、平成五年六月ころからは指示事項を記した文書をもってその業務を適正に執行するよう指示されていたものであるが、センター開設後一年半を経過したのを機に行ったアンケート調査の結果を踏まえ、被告岡村が被告財団本部とも相談の上、トレーニングジムの運営について総合的な見直しを行うという見地から、営業時間の拡大、講座制の導入、受講者のメニュー作りと指導方法の改善について検討するため、平成七年一月から当分の間トレーニングジムを休講する旨を発表したところ、原告は、これを自分に対するいわれのない個人攻撃であると邪推し、これ以後、センターの玄関前に自家用車を駐車した上でこれに装着した警報ブザーを日に何度か吹鳴させたり、センター内の壁面に落書きをしたり、広中研究所から派遣された山元の講習活動を妨害する等の行為を繰り返した揚げ句、ついには同じく広中研究所から派遣されていた池田に対し、それほど重大な傷害を負わせるには至らなかったというものの、業務時間中に利用者の面前において、暴力行為に及んだことが認められる。そして、このような事実経過に照らせば、被告財団が就業規則に基づいて原告に対してした本件解雇は、誠にやむを得ないものといわざるを得ず、解雇権を濫用したものとしてこれを無効とすべき事実関係も見出し難い。

原告は前記のとおり、平成五年一月二〇日ころ、超過勤務手当の支給につき「バランスをとってほしい」と訴えたことを根に持って、被告岡村がそのころから原告に対する嫌がらせを始めた旨主張する。

しかしながら、そもそも原告の主張する超過勤務手当の支給に関わる問題自体、のちに原告が加入した組合とセンターとの団体交渉の場で何度も交渉の対象となりながら、松村書記長でさえ原告の立場に立っての交渉を続けることができずに交渉打切を宣したほどであって、原告の主張を裏付けるに足る的確な証拠もないのであるし、被告岡村は、同年四月に原告がヘルスケアリーダーの養成研修講座を受講した後には、原告の希望に従い保健職への配置換えを内申し(書証略)、原告が被告岡村の了承を得ないまま申込みをした健康運動実践指導者養成講座の受講についても、直前になって初めて受講日程を聞かされたにもかかわらず、資格を取ることは原告のためにもなると考えて、当該期間を出勤扱いとして受講を認めた上、原告に対し小遣いとして二万円を与える等の措置をとっていたのであるから、このような事実経過に照らし、原告の右主張を採用することはできない。

そうすると、平成七年四月分の給与の支払を求める原告のA事件請求は、本件解雇までの給与として五万八三二八円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成七年五月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告財団のA反訴事件請求も、右金員の支払義務のほかには原告に対する雇用契約上の義務が存しないことの確認を求める限度で理由があるが、その余はいずれも失当である。

三  争点2について

1  原告はまず、被告岡村が根拠のない指示事項書を発行して嫌がらせを行ったとし、これが原告に対する不法行為を構成すると主張する。

しかし、被告岡村が指示事項書において指摘した不備事項の中には、トレーニングジムのドアや窓の施錠忘れといったように、多目的ホールの利用者が残っていることとは関係のない箇所の点検不備も含まれていたのであり、右指示はセンター長として当然のことを行ったものと認められるし、男女更衣室等他の箇所についても、原告において自己の点検時には利用者がこれを使用中であった等何らの弁明をしていなかったのであるから、それを原告の点検不備によるものと考えて指示事項書に加えていたとしても、右指示が社会的相当性を逸脱したものとして、原告に対する不法行為を構成するものとはいい難い。

2  次に原告は、被告岡村が労働組合員である原告を差別する意図の下に、同年一二月末から当分の間トレーニングジムを休講する旨通告し、アルバイトを不当に解雇して原告の負担を増加させ、さらには委託職員を採用して原告の就労を妨害する等の嫌がらせを行ったとし、これが原告に対する不法行為を構成すると主張する。

しかし、右一連の措置は前示のとおり、センター開設後一年半を経過したのを機に行ったアンケート調査の結果を踏まえ、被告岡村が被告財団本部とも相談の上、トレーニングジムの運営について総合的な見直しを行うという見地から、営業時間の拡大、講座制の導入、受講者のメニュー作りと指導方法の改善について検討するために行ったものであって、原告に対する不法行為を構成するものとはいい難い。

3  さらに原告は、被告岡村が、(一)原告に対してだけ出勤簿に頻繁に指示、連絡事項を記載した文書をはさみ込み、(二)平成六年六月一一日には原告を不当に遅刻扱いにし、(三)同年の盆休みあけにはひげを剃ることを強要する等の陰湿な嫌がらせを行ったとし、これらが原告に対する不法行為を構成すると主張する。

しかしながら、右(一)は前示のような経緯で原告に対する必要な指示、連絡を行ったものと認められるし、右(二)についても実際に原告が遅刻していたことが認められ(証拠略)、右(三)についても時期からみて、そのころ原告が生やしていたひげが利用者の目には無精に映る状況にあったことが窺われるから、これらの指示も社会的相当性を逸脱したものとして、原告に対する不法行為を構成するものとはいい難い。

4  原告はまた、奈良新聞に「休講に不満噴出」というタイトルで記事が掲載された翌日、被告岡村が突然部下二名を従えてきて原告に因縁をつけてつるし上げたとし、これが原告に対する不法行為を構成するとも主張する。

しかし、これについも被告岡村は、前示のとおり、右一7に認定した経緯の下に原告が行った行為に対し、施設管理権者として合理的な指示を行ったものにすぎず、社会的相当性を逸脱したものとして原告に対する不法行為を構成するものとはいい難い。

5  そうすると、被告岡村に対し、不法行為に基づく損害賠償を求める原告のB事件請求は理由がない。

四  結語

以上の次第で、原告の本訴各請求及び被告財団の反訴請求は右の限度で理由があるが、その余は失当である。よって、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日 平成一〇年一月一六日)

(裁判官 石原稚也)

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